Gypsy patients

2019年06月19日

突然ですが、Gyplsy(ジプシー)という言葉をどのような場面で使うでしょうか。"海外で乗り継ぎに遅れてジプシー状態"とか、"見知らぬところに一人でジプシーみたい"とか、あまり前向きな表現では使われないと思います。もともと、Gypsyはヨーロッパの移動型民族のことをいうのだそうで、派生して放浪者や定着しない人など、どちらかというとネガティブな意味で使われます。

 

最近では、"Gypsy patients"なんていう言葉もあるそうです。

 

"患者中心"の医療という言葉が当たり前のように言われる時代になりました。医療情報の閲覧・管理ができるようになり、十分な説明のもと治療方針そのものの判断もできるようになってきています。このように書くと素晴らしい世の中になったと思う方がほとんどだと思います。ただ、本当にそうでしょうか? 意思決定を行うとき、ネット検索したり、セカンドオピニオンを求めたり、集めようと思えばいくらでも情報は集まります。このようにして得た情報はあまりに膨大でどうやって取捨選択すればよいのか迷うはずです。患者中心という言葉は聞こえはよいのですが、ある意味医療者が患者サイドへ丸投げしているとも言えます。患者・家族からすれば膨大な情報を処理するのですから、かなり難しい判断を迫られることもあるはずです。

 

ある意味、とても厳しい時代を迎えたとも言えます。

 

情報へのアクセスが容易になり、情報を収集能力がある方とそうでない方、また情報をうまく処理できる方とそうでなく結果として振り回されてしまう方など、いろいろな側面で二極化してきているように思います。一昔前までは、治療の判断の多くは医療者に任され、医療そのものがごく単純な構造だったわけですが、"患者中心"が声高に言われるようになり一般の方にとっても、医療者にとっても対応に苦慮するとても面倒な時代になりました。私自身の中で回答があるわけではないのですが、医療者は程よく情報整理をする役目を請け負うことも大事かなと思っています。迷える羊を導く牧羊犬のような存在でしょうか・・。過度に触れることなく、ある程度自主性に任せて程よい距離を保つ、とても難しい作業ですが必要と感じます。

 

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西原 崇創

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